マリ&ウクライナ戦|W杯本大会は正直無理っぽそうですよね

さてさて。

サッカー日本代表はW杯本大会でコロンビア・セネガル・ポーランドと対戦するわけですが、今回の国際親善試合はその対策として、マリを仮想セネガルにウクライナを仮想ポーランドに見立てたマッチメーキングとなっていました。

マリはともかくウクライナは格上ですよね

対戦結果は対マリ戦(1-1)、対ウクライナ戦(1-2)の1分け1敗と芳しくありませんでした。毎度のごとくマスコミからは「これで本大会は大丈夫なのか!」「相手はW杯も出れない国なんだぞ!」的な日本格上目線報道が流れてくるわけですが、マリはともかくウクライナは強いですよね。

FIFAランキングを見れば、日本55位に比べウクライナ35位と20ポイントの差があるわけですね、つまりウクライナは格上。なので普通にやれば普通に劣勢になるので工夫が必要になる、そういうレベルの対戦国です、W杯には出れませんでしたが。

一方マリは67位ということで日本よりは格下であり、普通にやれば日本が優勢になります。付け加えればW杯アフリカ予選6試合で4分け2敗と1勝もできておらず、W杯出場を逃しているそういうレベルの対戦国です。

他方日本代表の事情としては、主力選手に怪我人が多かったせいもあり、今回は当落線上の選手を試す色合いが強かったと言えます。つまりベストメンバーでガチンコに勝ちに行くというよりは「レギュラー以外では誰が使えるのかね」という目線の起用だったということです。

当然選手たちもW杯メンバーに選ばれたいわけですから勝利を目指すのはもちろん、自らのアピールも忘れません。そういう意味で彼らにとっては「ハリルさん俺を使ってくださいな」というプレゼンの場でもあるわけです。

以上のように「ウクライナは強い」「マリは強くない」「日本はベスメンではない」「当落線上の選手たちのプレゼンの場」という点を踏まえたうえでこの2試合を振り返ってみましょう。

デュエル(1対1)は大事だけれども戦術ではないですよね

「この2試合を振り返ってみましょう」と言っておいてなんですが、この2試合で見るべきものはほぼなかったといきなり言い切ってしまいます。というのもこれまでの課題がものの見事に反復されており、スラムダンクの安西先生風に言えば「まるで成長していない」内容だったからです。

かろうじて収穫があったのは中島翔哉選手の躍動性くらいでしょうか。もっとも個人能力が目立ったという意味であって、チーム戦術の中でどう活きるのかという点はいまだ不明瞭です。今回はあくまで当落線上の選手たちのプレゼンの場だったわけですから。

今後呼ばれることはないだろう失態を演じた選手や呼ばれるたびに怪我をする選手がいる中、槙野選手は個人的に収穫があったようですね。
槙野、敗戦もセットプレーでのゴールに「W杯でもキーになる」(スポーツ報知)

さて、試合分析はさておき、突然ではありますがハリルホジッチ監督の代名詞「デュエル」についてあらため考えてみたいと思います。6月のW杯が終わってしまえば、おそらくハリルは続投せず「デュエル」について触れることもなくなってしまうでしょうから、ラストチャンスという意味で触れさせてください。

まず、デュエルというのは英語であり”duel”と綴ります。日本語では「決闘」という訳があてられており、日本のサッカー文化では「1対1」という言い方になるでしょうか。あえて1対1というものを定義するならば「サッカーを構成する最小単位の戦い」といったところかと思われます。

足し算的発想で言えば、ピッチ上の11人が各々のデュエルで勝利することがチームの勝利につながることになります。とはいえそれは80年代までの牧歌的なサッカーであって、90年代以降はグループ戦術・チーム戦術が急速に発達します。

徐々にファンタジスタと呼ばれるスター選手たちの活躍の場が減っていくわけですが、90年代末から2000年代初頭にかけて相手の戦術を無効化する選手たちが現れてきます。その先駆けがロナウド(ブラジルの)やロナウジーニョやジダンだったわけです。2000年代中盤からはポゼッションサッカーが世界的に流行りだし、それと並行してメッシやCロナウドが先行世代であるロナウジーニョらに続く第2世代として台頭してきます。

かつて1対1の単純な足し算だったサッカーはチーム戦術の進化により、組織(グループ)対組織(グループ)の掛け算に変化しました。そのうえで掛け算の積を大きくするため、さらに個の力(=1対1の勝利)も求めるられるようになったのです。

そうした意味において「デュエル」は組織戦術をより有効に機能させるための要素ではありますが、それのみを強調し目的とするならばバランスを欠いていると言わざるを得ないでしょう。デュエルと組織戦術はセットになって初めて機能するものですし。

ここでハリルの戦術に戻って考えてみましょう。ハリルの基本戦術は「1対1をベースに相手からボールを奪い速攻カウンター」です。たしかに以前監督をしていたアルジェリア代表ではそれがハマったのでしょう。しかしながら当然のように日本代表は日本人が務めるのですよね。そして日本人のフィジカルは世界的にみて強くないのです。

そうした特性のチームが「1対1をベースに相手からボールを奪い速攻カウンター」という戦術を採用するのは筋悪です。マリ戦でもウクライナ戦でもガツガツとした「デュエル」の結果選手の体力が削られていくのが目に見えて明らかでした、はっきり言って「向いていない」のですよね。

さらに現代サッカーでは、組織的にボールを動かすことが大前提になっているわけで、目の前の敵に単騎でガツンと飛び込んでいっても、うまく逃げ道を作られその裏をつかれることの方が多いのです。つまり攻撃も守備も「組織的」であることは自明なんですよね。

ところが「1トップが前からプレスかけ過ぎでバテる」とか「右サイドのウイングが左サイドまで動いてしまう」とか「ボランチがボールを追いかけすぎて本来埋めるべきスペースを空けてしまう」とかの失態が日本代表では多いんです。組織的な動きの欠如がその理由ですが、ハリルジャパンの問題点はここに尽きるんじゃないかと思います。

つまりハリルはデュエルに拘る余り「組織的な動き」を教えられていないんですよね。というか、おそらくなんですがハリルは組織的に動くということを重視していないのでしょう。極端に言うと「組織的な攻撃」とか「組織的な守備」とか「組織的なボールキープ」は必要ないと考えているような気がします。

そんなこんなで、ハリルのサッカー観は根本的に日本代表の選手たちが共有するサッカー観と相容れないのだと推測されます。監督就任から続くハリルジャパンの停滞感の源泉はそのあたりにあるんじゃないかと考えさせられたマリ&ウクライナ戦でした。とにかく選手たちは納得していない、それだけは伝わってきました。

「監督-選手間のサッカー観摩擦」がなんらかの解決をみない限り、W杯本大会に至ってもなおこの停滞感は解消しないでしょうね。そして悲観的に過ぎるかもしれませんが、足し算が掛け算になる日はおそらくやって来ない、でしょう...

 

ではでは。

 

 

 

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