ハリルホジッチ監督解任をどう捉えたらよいか考えてみました

さてさて。

W杯開幕まであと2ヶ月というタイミングで突然にハリルホジッチ氏が日本代表監督を解任されました。

後任は西野氏(JFA技術委員長)が引き継ぐことになったわけですが、この短い期間で一体何ができるのか疑わしいところ。というかそもそもこの監督交代劇をどう受け止めてよいかわからないという向きもあることでしょう。そこで「我々はハリルホジッチ監督解任をどう捉えたらよいのか」という点に絞って書いてみたいと思います。

田島JFA会長の発言

解任の責任者である田島JFA会長が述べた理由は以下のようなものでした。

試合の勝った負けただけで監督を更迭すると決めているわけではありません。みなさんのご意見があったから、それで決めているだけでもありません。選手や様々な方に意見はもちろん聞きましたが、それで決めるわけではありません。

ただ、マリ戦、そしてウクライナ戦、この試合の期間、後において選手とのコミュニケーションや信頼関係が、多少薄れてきたこと、そして、今までの様々なことを総合的に生かして、この結論に達しました。

「会見詳報」sanspo.comより引用

コミュニケーションや信頼関係が多少薄れたからというのが解任理由であり、課されたノルマがクリアできなかったというような理由ではなさそうですね。そもそも会長判断が間違っていたのではという意見も多々あるようです、例えば以下の記事。

西野“技術委員長”は一定の評価も…ハリル解任という「パルプンテ」。会長の狂乱が与える絶望

とはいえ、ハリルホジッチを引っぱってきた当事者である霜田氏(当時のJFA会長)・原氏(当時の技術委員長)はもうその任にないわけで責任をとろうにもかないません。現田島会長は最近再任されあと2年間のポストが約束されたこともあり、なかなか切り出せなかったハリルホジッチ解任にようやく着手したとも推測できます。

と現体制の立場をひとまず理解したとしても、やはり解任理由はすっきりとしないものです。ハリルホジッチではもはや立ち行かないという明確な説明はないわけで。そんななか元日本代表で解説者でもある福田氏の記事が目に止まりました。

福田正博氏、ハリル氏解任理由にがっかり「部活動じゃないですから」

仰る通りです。当ブログもこの意見には大いに同意します。記事からは「一部の選手の意見を取り上げて監督を解任するなんて幼稚すぎるだろう!」という福田氏の憤りが伝わってきます。もちろんそう言わざるを得なかった選手たちへの同情も滲ませてはいるのですが。

一部選手のクーデターなのか

さて一部の選手が田島会長に直訴したという情報も出てきました、たとえば以下の記事。

ハリル解任、背景に本田圭佑ら5人からの「直訴メール」

同記事の一部を引用してみましょう。

「既に代表落ちしていた本田が、田嶋会長の個人アドレス宛てに連名で“監督解任”を請うメールを送ろうと持ちかけてきたのです。他にも乾、FW岡崎慎司、DF吉田麻也が“連判状”に名を連ねました」(同)

もしこの記事内容が事実なら、4年前のザッケローニ体制で起こったことが再現されてしまったことになります。というのも前回の惨敗の伏線は当時の主力選手たちがザッケローニ監督の戦い方に異を唱えたことに端を発するというのが当ブログの考えだからです。

もう少し説明すると、当初ザッケローニ監督は《前線からプレスをかけて奪ったボールを素早く攻撃に繋げる》ことを狙いとしていました。その攻撃にしてもサイドチェンジをすることなく、同サイドを攻めきるというのが原則でした。文字にするとハリルホジッチの戦術とほぼ変わりがないですね。

メリットは攻撃するサイドを限定しておくことで味方がボールを奪われるエリア・タイミングをあらかじめ予測できる点にあります。攻めながらも守備の準備がしやすいため、失点リスクを減らすことが可能になります。

しかしながら、対策を立てられると個人の突破力がない限り攻撃が手詰まってきます。そこで主力選手たちがサイドチェンジをすることや後方からのビルドアップを要求しました。その後どういった力学が働いたかはわかりませんが、パスをつなぎつなぎ2点とっても3点取られてしまう「俺達のサッカー」へと変貌していったのです。

ザッケローニはあるタイミングで「自分のサッカー」を曲げ、諦めたのだと当ブログは推測しています。しかしながらハリルホジッチは非常に頑固な性格の持ち主です。どんなに主力選手が異を唱えようが「自分のサッカー」を曲げません。それでも「俺達のサッカー」を諦めなかった主力選手たちが直訴し、その意を田島会長が汲み解任に至ったとみるのが、事の顛末でしょう。

A代表に起きた学級崩壊

さて、ここまで《田島会長の発言》や《選手の直訴メール》や《俺たちのサッカー》について言及してきましたが、そろそろ代表監督について話を戻しましょう。

日本代表チームは監督の名を冠した「○○ジャパン」と呼ばれることが通例になっていますが、根底には《監督=教える人》《「選手=教えられる人》というマインドセットがあるように思われます。そして《監督と選手》との関係は《学校の先生と生徒》との関係性を想起させます。

いうなれば代表チームは監督の担任する学級のようでもあり、そのメタファーに則ってみれば、田島JFA会長は校長先生、長谷部キャプテンは学級委員長、主力選手たちはやんちゃな生徒とみなせるかもしれません。スポンサーはPTAといったところでしょうか。

担任ハリルホジッチは、A代表学級を立て直すために日本代表学校へ雇われた民間出身の教師。目的をもって迎えられた担任先生が無骨ながら試行錯誤して問題解決に取り組んでいました。厳しい担任教師は全然生徒の意見を汲みませんし、言うことを聞かない生徒には罰を与え依怙贔屓もします。不条理はあっても教師と生徒の心温まるエピソードなど微塵もありません。

そこで生徒たちは大反発します。「俺たちは自由にやりたいのに、大人なのに、前の担任は言うこと聞いてくれたのに、ならば校長先生に言いつけるしかない」と一部の生徒からチクりメールが校長先生に入り、PTAもそれを支持しました。そうハリルホジッチが担任するA代表学級には《学級崩壊》が起こっていたのです。

前掲の福田氏の記事にある「部活動じゃないですから」発言は学校のメタファーですし、当ブログの《学級崩壊》という表現も同様です。そしてその《学校っぽさ》こそが今回の代表監督解任問題に潜むもやもやさの源泉なのではないでしょうか。

おそらくハリルホジッチは、大人としてプロジェクトリーダーとしての意識を持って日本代表監督を引き受けたのでしょう。しかしながら選手・JFA双方とも、プロジェクトの目的にコミットするビジネスパーソンの様ではなく、学校のメタファーから抜け出せない幼稚さで事にあたってきたのではないでしょうか。

かつてザッケローニはプロジェクトリーダーを諦め担任教師であることに妥協しましたが、そこで諦めなかったところにハリルホジッチの不幸があります。とはいえ妥協をせざるを得なかったザッケローニが幸福だったわけではないでしょう。

1998年のフランスワールドカップからはや30年、未だに日本サッカー界は学校から卒業できない生徒のままでいます。まだ大学生にすらなれていないかもしれません。W杯でベスト8を突破するには選手・JFAも生徒・学生を卒業して、社会人になっておく必要があるのではないでしょうか。日本サッカー界の夜明けはまだまだ遠いようです。

追記1:ハリルホジッチは決して優秀なビジネスパーソン(お金儲けという意味で)ではないのでしょう。歴代監督の中には代表選手と一緒にCMに出演していた人もいましたし、そういう監督は4年間きっちりと勤め上げています。

追記2:当ブログはハリルホジッチが日本代表監督として相応しかったかと言えば、そうではないと考えており、以下のエントリーにもその理由を書いています。

ではでは。

こちらのエントリーも参考に↓
マリ&ウクライナ戦|W杯本大会は正直無理っぽそうですよね
ハリル解任?改めて考えるべき日本代表監督選考の問題点

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。